蕎麦は、蕎麦粉と水。突き詰めれば、たったそれだけのシンプルな料理です。けれど、「同じ配合で、同じように打っても、味が変わってしまう」と言ったら、皆さんは驚くでしょうか。一杯の蕎麦には、素材を見極める目、水を扱う感覚、指先に伝わる微細な変化を読み取る技術が、ぎっしりと詰まっています。そして、その技術は、蕎麦の世界だけにとどまりません。今回は、神奈川県相模原市の手打ち蕎麦店「蕎亭 喜峰庵」を営む、株式会社Wellup代表取締役の栗本貴好さんに、シンプルな一杯の奥深さと、そこで磨かれる料理人としての力についてお聞きしました。
蕎亭 喜峰庵
喜峰庵は、戦後に廃れかけた手打ち蕎麦を復興させた立役者・友蕎子 片倉康雄先生の流れを汲む、由緒ある門下店。 会津・磐梯山の麓で育った蕎麦の実を、店内に据えた「蟻巣石」の石臼で自家製粉し、50年以上汲み続ける井戸水で 打ち上げる。「挽きたて・打ちたて・茹でたて」という三たての基本を徹底し、一杯の蕎麦に本物の技を注ぎ込む一方、 鴨料理や旬の魚を使った会席など、日本料理の幅広い味わいを楽しめるのも特徴。
株式会社Wellup 代表取締役 栗本貴好(くりもとたかよし)さん
辻調理師専門学校で和食を専攻し、料理の道へ。他の店で経験を積んだのち、父が始めた蕎麦屋を継ぎ、二代目として 店を切り盛りしてきた。和食を基礎から学んだ職人であり、友蕎子から続く手打ち蕎麦の技と精神を、次の世代へ伝えて いく担い手でもある。
■シンプルな一杯だからこそ、奥が深い
蕎麦というのは、不思議なものです。同じ分量、同じ配合で打っても、味が変わってしまう。打つ人の体温も、ちょっとした感覚も違いますから、同じものは二度とできないと言ってもいい。先代から私、私から今の打ち手に代わったときも、お客様の中には「蕎麦が変わったね」と気づかれる方がいらっしゃいました。配合は何も変えていないのに、です。
意外に思われるかもしれませんが、蕎麦の成分は、半分以上が「水」なんです。蕎麦粉に対して半量の水で打ち、釜で茹でればさらに水を含む。つまり、ツルツルと召し上がっている蕎麦の中身で一番多いのは水。だからこそ、水の質ひとつで、粉の良さを活かすことも、台無しにすることもある。水にこだわるのには、そういった理由があるんです。
そして、蕎麦打ちの工程で一番大事なのは、「練り」です。ここで失敗すると、あとの工程でいくら取り返そうとしてもリカバリーできません。友蕎子 片倉康雄先生からは「十二個の目で見なさい」と教わりました。両目と、十本の指先の感覚。その十二の目で、生地の状態を感じ取れということです。面白いのは、うどんのように力を込めて何度も練るのが正解ではないこと。蕎麦はむしろ、手を入れれば入れるほどおいしくなくなる。「一生懸命、手を抜きなさい」と言うんです。最低限の作業で、気づいたらいい玉になっている。それが理想なんです。
切るときも同じです。江戸前の蕎麦は、一寸(約3センチ)を三十に切る。一本がおよそ一ミリですが、これを目で一本ずつ見ていたら、とても切れません。包丁のリズムと、左手で生地を押さえる力加減。その呼吸で切っていく。シンプルな一杯の裏に、これだけの技術と感覚が詰まっているんです。
■喜峰庵の蕎麦づくりへの深いこだわり
喜峰庵では、蕎麦の実を仕入れ、店の石臼で挽くところから始めます。蕎麦粉は、粉になった瞬間から劣化のスピードが一気に上がります。お米は精米で表面を削りますが、蕎麦は殻を取るだけで、削るという工程がありません。だから雑菌ごと粉にすることになり、傷みが早いんです。打つ直前に実から挽く自家製粉だからこそ、一番いい状態の蕎麦粉が使える。これが大きな強みです。
石臼にもこだわりがあります。よく蕎麦屋の店先に、飾りのように御影石の臼が置いてありますよね。うちが使うのは「蟻巣石」という、アリの巣のように無数の穴が開いた石。この穴が、ちょうどラジエーターの役割を果たします。臼を回すと摩擦で熱が出ますが、穴から熱が逃げるので、蕎麦の実に熱が伝わらない。蕎麦の香りは揮発性ですから、熱が加わるとその場で飛んでしまう。せっかく自家製粉しても、香りが飛んでは意味がありません。だから、この石でなければならないんです。今では手に入れるのに三年待ちと言われるほど、貴重なものです。
蕎麦粉は、会津・磐梯山の麓のものを使っています。標高が高く寒暖差があると実においしさが増しますし、何より水はけのいい土地で育った蕎麦は、粉にしたときの味が違う。素材から製法、道具に至るまで、一杯の蕎麦のために手を尽くす。それが喜峰庵の蕎麦づくりです。
■蕎麦で磨いた感覚は、料理全体に活きる
蕎麦づくりを通して身につくのは、蕎麦の技術だけではありません。私が一番大きいと思うのは、食材や水に対する感覚、気配りが磨かれることです。これまで何気なく使っていた水道水に対して、「水によってこんなに味が変わるのか」と考えるようになる。素材の状態を指先で感じ取り、その日の気温や湿度に合わせて加える水を一滴単位で変える。この感覚は、どんな料理をするうえでも財産になります。
そして喜峰庵は、蕎麦屋でありながら、実は宴会や会席のお料理にも力を入れています。鴨料理にはいくつものレパートリーがありますし、入口に置いた水槽ではアジなどを泳がせ、お刺身としてお出しします。日本酒の品揃えにもこだわっています。私自身が辻調理師専門学校で和食を専攻してきた人間ですから、蕎麦を軸にしながら、和食のアプローチを存分に効かせられる。また、今の店長は洋食出身なので、宴会メニューには洋食を取り入れることもあります。ここで働けば、蕎麦打ちと並行して、刺身、天ぷら、鴨、季節の食材を使った和食に加え、洋食も含めた会席料理まで、料理の技術を幅広く学べます。
蕎麦は、料理人としての入り口であり、土台です。一杯の蕎麦と真剣に向き合って磨いた目と手は、その先の料理人としての幅の広さと深みにつながっていきます。
■専門学生の皆さんへのメッセージ
蕎麦は、シンプルだからこそ、一生かけても「これで完成」ということがありません。毎日同じものはできず、その日の天気や素材と向き合いながら、昨日より今日、今日より明日と探り続ける。地味に見えるかもしれませんが、この奥深さこそが、料理人として飽きずに成長し続けられる理由だと、私は思っています。
師匠から教わった言葉に、「師客を三人持ちなさい」というものがあります。自分に率直な意見をくれるお客様を、師匠だと思って耳を傾けなさい、という教えです。技術は、自分一人で磨くものではなく、お客様や素材から学び続けて深めていくもの。その姿勢さえあれば、蕎麦を入り口に、料理人としていくらでも広がっていけます。
一杯の蕎麦に、これだけの世界が広がっている。もし少しでも面白そうだと感じたら、ぜひ一度、喜峰庵の蕎麦を食べに来てください。そして、その奥にある技術の世界を、一緒に覗いてみませんか。
