専門学校で料理を学ぶ皆さんの中には、「いつか自分のお店を持ちたい」と考えている人もいるのではないでしょうか。でも、独立と聞くと、何十年も修行を積んでから、遠い先の話と感じるかもしれません。今回お話を伺ったのは、神奈川県相模原市の手打ち蕎麦店「蕎亭 喜峰庵」を営む、株式会社Wellup代表取締役の栗本貴好さん。「うちで3年みっちり覚えれば、30代で開業できる」と語る栗本さんに、飲食業で独立することの本当の意味、そして喜峰庵だからこそできるサポートについてお聞きしました。
蕎亭 喜峰庵
一茶庵の創立者・故「友蕎子」片倉康雄先生の教えを受け継ぐ門下店として、神奈川県相模原市で長年愛されてきた手打ち 蕎麦の専門店。直伝の技と伝統を受け継ぐこだわりの蕎麦を求めて、品川・横浜・都心からわざわざ足を運んでくださる お客様も多く、3世代にわたって通い続けるご家族の姿も珍しくない。法事や還暦のお祝い、大切な会食の場としても親し まれる、地域に深く根付いた一軒。
株式会社Wellup 代表取締役 栗本貴好(くりもとたかよし)さん
辻調理師専門学校で和食を専攻し、料理の道へ。卒業後は他の店で経験を積んだのち、父が始めた蕎麦屋を継ぎ、二代目 として店を切り盛りしてきた。現在は喜峰庵に加え、訪問看護の会社も経営。宅地建物取引士の資格も持っており、いくつ もの顔を持つ経営者。
■決して順風満帆ではなかった、これまでの歩み
喜峰庵は父が始めたお店で、私は二代目です。父はもともと調理師ではなく、会社員でした。「自分のお店を持ちたい」という夢を膨らませ、ある時、思い切って脱サラして蕎麦屋を始めたんです。当然、最初から順調だったわけではありません。ゼロからお客様をつかみ、少しずつお店を育てていく父の背中を間近で見てきました。「独立するというのは、こういうことなんだ」と肌で感じた原体験です。
私自身は辻調理師専門学校で和食を専攻し、卒業後は他の店を経験してから家業に入りました。父が体調を崩したタイミングで「蕎麦を覚えなきゃいけない」と思い、蕎麦打ちを学び始めたのが職人としての最初の一歩です。
ところが、その後は順風満帆というわけにはいきませんでした。40歳を過ぎてから脳卒中で倒れ、左半身が不随になってしまったんです。「一生ベッドの上か、良くて車椅子か」という状況で、もう調理の現場には戻れないと覚悟しました。でも、まだ40歳。何かで稼がなければと考えたとき、所有していた物件を活かそうと宅建の資格を取得し、入院の経験から訪問看護の会社も立ち上げました。
その後、リハビリの甲斐あって喜峰庵に戻ることができました。あの経験が「調理以外で自分に何ができるか」と視野を広げてくれたと思っています。今では不動産の知識や人脈を活かして、独立を目指すスタッフの物件選びからサポートできるようになりました。
■飲食業で、自分のお店を持つという選択
「独立って、何がいいんですか?」と聞かれたら、私はこう答えます。自分で決めたことが、お客様の反応として、ダイレクトに自分に返ってくること。
父から店を引き継いだとき、「先代のほうがよかった」と言われ、悔しい思いをしたこともありました。でも、一方で「ここが良くなったね」と声をかけてくれる方も出てくる。その一言で、自分の選択は間違っていなかったと、心の底から実感でき、安心と喜びを感じられるんです。誰かに言われて動いているうちは、絶対に味わえない感覚。出したものへの評価が、まるごと自分のものになる。これが、自分のお店を持つことの一番の醍醐味だと思っています。
そして飲食業は、そもそも独立しやすい業態です。日本料理店や割烹を一から構えるとなると大変ですが、蕎麦屋であれば、テナントと開業資金をうまく工面できれば始められます。何より、食べることへのニーズはなくなりません。食べ物に代わる何かが現れるまでは、ずっと続けられる仕事です。
その上で私が強く伝えたいのは、「独立するなら30代前半にしてほしい」ということ。30代前半は、一番仕事盛りの時期です。頭が柔軟で、体力もあり、新しいアイデアも湧きやすい。「これは自分が考えたメニューだ」「この味は自分が出した」と胸を張れる仕事を、いちばん楽しめる年齢でもあります。お客様の「おいしかった」のひと言が、何よりのご褒美に感じられる。その手応えが、次のひと皿を考える原動力になる。独立という生き方は、そういう循環の中にあるんです。
逆に40代・50代になってからの独立は、体力的にだんだん厳しくなってきます。まわりを見てきて、そう実感しています。だからこそ、就職をゴールにするのではなく、独立・開業をキャリアの通過点として意識してほしい。早く動き出した分だけ、楽しい時間を長く味わえます。
■独立の壁と、喜峰庵の充実したサポート
とはいえ、独立はそう簡単なわけではありません。
まず技術習得の壁があります。大きな名店では、洗い場から始まり一通り覚えるのに7年〜10年かかることも珍しくない。それだけ待ってから独立しようとしていると、すぐ30代後半になってしまいます。喜峰庵では、小規模だからこそ早い段階から調理全般を任せられます。3年みっちり取り組めば、蕎麦打ちも天ぷらも刺身も宴会料理も、一通り身についているはずです。独立に必要な技術を、短期間で習得できる環境があるんです。
次に物件の壁。「どの立地がいいのか」「この賃料は妥当か」「契約の内容はこれでいいのか」。初めて開業する人には、どれも難しい判断です。ここで役立つのが、私が宅建士の資格を持っているということ。空き店舗探しから物件の見極め、契約の確認まで、一緒に動けます。脳卒中という転機で視野を広げる中で宅建を取ったことが、こんな形でスタッフの独立に生かされています。さらに、地方から出てきて働く方には、私が所有する賃貸マンションを寮・下宿として提供することも可能です。一人暮らしがいい場合は、知り合いの不動産屋を通じて一緒に探すこともできますし、独立の際は、道具や仕入れ先も、信頼できる業者を紹介できます。
経営知識の壁もあります。「いくらあれば開業できるのか」「開業後の収支をどう読むか」。金銭面も含めて、リアルな数字で一緒に考えられます。
独立の壁と言われるもののほとんどに、何らかの形でサポートができる。これが喜峰庵の強みです。
■就職活動中の専門学生へ
私も皆さんと同じように、調理師専門学校で学んでいたからこそ、就活への思いも少しは分かるつもりです。その上で、伝えたいことが二つあります。
一つ目は、就職をゴールにしないでほしいということ。「3年でどんな技術を身につけるか」「5年後に自分のお店を持つには何が必要か」という視点でキャリアを選ぶと、就活の基準や働く景色が変わります。
二つ目は、憧れの名店だけに絞りすぎないでほしいということ。厳しすぎて数カ月で辞めてしまい、調理の道そのものが嫌いになってしまった人を、何人も見てきました。ぜひ一度お店に直接足を運んで、自分の五感でそのお店の雰囲気を感じてみてください。そして、視野を広く持ってみてください。最初に思い描いていた道とは違う場所で、楽しく料理人の道を歩んでいる人も、たくさんいるものです。
私が目指しているのは、多店舗展開ではありません。喜峰庵で育った仲間たちが、それぞれの場所で独立して活躍している景色を見ることです。これまでも、蕎麦屋ではなくラーメン屋として独立した人、手打ち蕎麦の技術を覚えて町田で居酒屋をリニューアルした人など、いろいろな形で巣立っていきました。形はそれぞれでいい。うちで覚えたことが、何かの形で生きているなら、それが一番嬉しいんです。
まずは、食べに来てみてください。連絡をくれれば、いつでも調理場もご案内します。自分のお店を持つという夢を、ここから一緒に描きませんか。
