学生の皆様
こんにちは!
株式会社豊島屋です。
本日は前回に引き続き、鳩サブレー誕生秘話を紹介します。
前回記載したような歴史の流れで誕生した鳩サブレー
それがどのように世間に広まっていったかをご覧ください。
こんにちは!
株式会社豊島屋です。
本日は前回に引き続き、鳩サブレー誕生秘話を紹介します。
前回記載したような歴史の流れで誕生した鳩サブレー
それがどのように世間に広まっていったかをご覧ください。
認められるまでの道のり
この時代、バターがまだ庶民の舌には縁遠かったこともあり食べ慣れない味にお客様はつかず、ほとんど売れませんでした。
それでも、これからの時代はこの味が好まれるようになると確固たる信念を持っていた初代は、地道においしさを追求します。
その甲斐あって、大正に入り、秋場隆一氏、竹内薫兵氏の二人の小児医博士から「離乳期の幼児食に最適」と推薦していただき、御用邸からもご用命をいただけるようなり、完成から10年以上経ち、ようやく皆様のお口に入るようになりました。
鳩サブレーはもっともっと美味しくなる
しかしその後、時代の波に翻弄され、関東大震災で店が全壊し、再建を図って再び活気を取り戻したものの、やがて戦争が始まり、長い間、お菓子が作れない時代が続きました。
苦難の時代を乗り越え、戦後の高度成長期と共に、鎌倉も観光地としてにぎわいを取り戻します。
誕生から120年以上たち、おかげさまで「鳩サブレー」は多くの方に愛されるお菓子となり、鎌倉といえば「鳩サブレー」と言われるようになりました。
しかし、手前どもはこれを「完成品」とは思っていません。
初代が生み出した「ワリ」は守り、より美味しい「鳩サブレー」を作り続けること、それこそが豊島屋の、そして菓子屋のあるべき姿だと思っております。
いかがでしょうか?
少しでも気になった方は、是非説明会に来ていただければ、と思います。
お菓子作りを志す全ての方に弊社のことを知ってもらえたら幸いです。
ご応募お待ちしております。
苦難の時代を乗り越え、戦後の高度成長期と共に、鎌倉も観光地としてにぎわいを取り戻します。
誕生から120年以上たち、おかげさまで「鳩サブレー」は多くの方に愛されるお菓子となり、鎌倉といえば「鳩サブレー」と言われるようになりました。
しかし、手前どもはこれを「完成品」とは思っていません。
初代が生み出した「ワリ」は守り、より美味しい「鳩サブレー」を作り続けること、それこそが豊島屋の、そして菓子屋のあるべき姿だと思っております。
いかがでしょうか?
少しでも気になった方は、是非説明会に来ていただければ、と思います。
お菓子作りを志す全ての方に弊社のことを知ってもらえたら幸いです。
ご応募お待ちしております。
