◎ビアホール「ニューミュンヘン」のはじまり
戦後、日本のビール業界は再編を経て複数のメーカーに分かれました。その中で私たちは、西日本でサッポロビールの魅力を広めていく役割を担うことになり、実際にビールを味わってもらう「ビアホール」という業態をはじめました。
創業当時から私たちは、「いかにおいしいビールを提供するか」という点に強いこだわりを持ってきました。10年ほど前までは、店に1,000リットルのビールタンクを5基備え、ビール工場からタンクローリーでビールを運び入れて提供していました。現在は200リットルタンクを工場から直送する形に変わっていますが、タンクでビールを提供する店舗は今でも珍しい存在です。
また、当時のビアホールは、ビールと簡単なおつまみだけを出す店が主流でしたが、私たちはそこに、食事として楽しめる料理を取り入れました。「ビールを飲む場所」を、「食べて、飲んで、楽しい時間を過ごす場所」へと広げることで、ビールの魅力をより深く伝えようとしたのです。
なお、創業者は会社そのものを「ビール王国」に見立て、各店舗には「~店」ではなく「大使館」という名称をつけました。ビールを通して文化や思いを届ける場所でありたい、という想いは、いまも変わらず受け継がれています。
◎クラフトビール誕生の原点
昭和33年創業、68年に渡る歴史の中で、私たちはビールの提供だけでなく、製造にも関わってきました。その背景にあったのは、阪神・淡路大震災です。
神戸の店舗は、震災によって一度建物が倒壊し、その後、建て替えを経て再出発しました。「神戸の街に、少しでも元気を取り戻したい」その思いから生まれたのが、神戸の店舗でのクラフトビール醸造への挑戦です。ビール会社の協力を得ながら、店舗地下に醸造設備を設け、大麦麦芽100%のオリジナルビールを開発しました。
現在は、設備の老朽化などの理由から自社での醸造は行っていませんが、神戸の店舗には、震災とビールへの思いを風化させないためのモチーフが今も残されています。 大使館ビールのロゴマークには震災発生時刻が刻まれており、そのデザインは専用グラスにもあしらわれています。
◎ビールと並ぶ看板メニュー
ビールとともに長く愛されてきた名物料理の一つが、唐揚げです。
創業から数年がたったころ、当時看板メニューだった鶏のモモ焼きで仕入れていた鶏肉について、「ムネ肉が余ってしまう」という声が仕入れ先から寄せられました。そこから中華料理の技法にヒントを得て、唐揚の試作が始まります。骨付きムネ肉を使い、揚げたてで提供する。このスタイルは手間がかかりますが、骨があることで旨味が逃げにくく、あっという間に当店の看板メニューとなりました。
創業から数年がたったころ、当時看板メニューだった鶏のモモ焼きで仕入れていた鶏肉について、「ムネ肉が余ってしまう」という声が仕入れ先から寄せられました。そこから中華料理の技法にヒントを得て、唐揚の試作が始まります。骨付きムネ肉を使い、揚げたてで提供する。このスタイルは手間がかかりますが、骨があることで旨味が逃げにくく、あっという間に当店の看板メニューとなりました。
また、唐揚げと並んで長く支持されているのが、上海風焼そばです。もともとは一つの店舗で提供されていた料理が、お客様からの評判を受け、他の店舗にも広がっていきました。店舗ごとの工夫や試みの中で生まれた料理が評価され、やがて会社全体の定番として定着していく。上海風焼そばは、そうした私たちの店づくりの姿勢を象徴する一品でもあります。
◎各店舗で、多様な料理をつくっています
私たちは、画一的なチェーンレストランではありません。
唐揚や上海風焼そばといった共通メニューはありますが、それ以外は各店舗が工夫を凝らし、季節や客層に合わせた料理をつくっています。
唐揚や上海風焼そばといった共通メニューはありますが、それ以外は各店舗が工夫を凝らし、季節や客層に合わせた料理をつくっています。
和・洋・中とジャンルを限定せず、「ビールに合うか」「この店らしいか」という視点でメニューを考える。若手スタッフが考えた料理に、料理長が助言を加え、実際にお客様に提供されることも珍しくありません。そこで得られる反応が、次の改良や新しい発想につながり、「なぜこの味なのか」「どうすればもっと良くなるのか」を考える力が、日々の現場で鍛えられていきます。
ビールを軸にしながら、料理の可能性を広げてきたニューミュンヘンには、料理人として幅広い経験を積める土壌があります。さまざまなジャンルの料理を学びたい人、料理を通して地域や人と関わりたい人は、まずはお気軽に店舗見学にお越しください。スタッフ一同、お会いできることを楽しみにしています。
