「ホテル調理」に対して、みなさんはどんなイメージを持っているでしょうか。大規模な厨房でセクションごとに分業し、何年もかけて少しずつ仕事の幅を広げていく。そんなイメージを抱いている方も多いかもしれません。
しかし、ホテルといっても現場の運営は一様ではありません。今回取材させていただいたのは、「東京ベイ舞浜ホテル ファーストリゾート」。総料理長の稲葉一朗さんにお話を伺うなかで、「ホテル調理」の通説とは少し違う、独自の育成と組織のかたちが見えてきました。
東京ベイ舞浜ホテル ファーストリゾート
東京ディズニーリゾート®オフィシャルホテル第1号として、1982年に開業。千葉県浦安市舞浜に位置し、3棟696室、オールデイ ダイニング「カリフォルニア」、9階のスカイレストラン「サンセット」、大宴会場を備えるホテル。国内外から訪れる幅広い世代 のお客様を、年間を通じて迎え続けている。
総料理長/稲葉 一朗(いなば いちろう)さん
料理人歴30年以上。アルカディア市ヶ谷を皮切りに、ロイヤルパークホテル、東京ドームホテルでフランス料理を磨き、レストラン 「ドゥ ミル」ではスーシェフとして活躍。過去、「メートル・キュージニエ・ド・フランス料理コンクール」準優勝、「ニュー豆 料理コンクール」優勝などを受賞。2022年、東京ベイ舞浜ホテル ファーストリゾート総料理長に就任。
■ホテル調理は「分業」が主流だと思いますが、ファーストリゾートではどうしていますか?
私自身、若い頃に分業の現場を経験しました。朝行ってブイヨンを引いたら、1日中ブイヨンを作っているような毎日で、最初の2年ほどは自分のソースが皿の上でどう仕上がるのかも見えませんでした。それでは味の調整も、より良くするための工夫も思い浮かびません。
だからこそ、当ホテルでは違うやり方を選んでいます。野菜を切る作業ひとつにしても、なぜその切り方なのか、その玉ねぎがどんなスープになるのかをセットで伝える。料理の全体像を早い段階で見せることで、若手が「なぜこの作業をやっているのか」を理解しながら仕事に向き合える厨房にしたいと考えています。
■若手にはどんなふうに仕事を任せていますか?
「やってみせて、任せる」というスタンスを大切にしています。当ホテルでは、新入社員が配属の翌週にお客様の前で肉を焼くこともあります。もちろん、横について塩加減や焼き具合をすべて教え、お客様に「美味しかった」と言っていただければ、それがそのまま本人の喜びに変わる。やらせてみて、難しければ一緒に考える。それが私たちのやり方です。
私自身、1日の9割以上を調理場で過ごしています。シェフが先陣を切って厨房に立つ姿が、若手にとっての毎日のお手本になればと思っています。
■部署を越えて支え合う「ワンチーム」の現場と伺いました
大規模ホテルでは、レストランと宴会、あるいは同じレストランの中のセクションごとにスタッフが固定される運営が一般的です。一方、当ホテルでは、その日の忙しさに合わせて部署を越えてヘルプに入り合うのが日常になっています。宴会が落ち着いている日にはレストランへ手伝いに行き、レストランが立て込んでいる日には宴会のスタッフが応援に入る。私自身もレストランに降りて鍋を振る日があります。
この体制は、働く側にとっても大きな価値があります。部署が固定されると、宴会では大量の盛り付け、レストランでは決まった仕込みばかり、と同じ作業の繰り返しになり、一皿が仕上がるまでの流れが見えてきません。一方、部署を越えてヘルプに入り合えば、違う現場の仕事を通じて料理の全体像を掴めますし、レストランへ応援に入ればライブキッチンでお客様の声を直接受け取る機会も生まれる。若手の成長スピードは確実に早まり、忙しさの偏りも平準化されて残業も減らしやすくなります。
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稲葉さんのお話から、独自の育成と支え合いのあり方が見えてきました。では、その厨房で働く若手調理師の目には、どう映っているのでしょうか。厨房で働く、お二人にも話を伺いました。
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左:調理師(2020年入社/宴会調理)/三浦 颯真(みうら そうま)さん
エコール辻大阪 仏・伊料理マスターカレッジ出身。宴会1年半、レストラン2年を経て、その後は宴会調理を担当。
右:調理師(2026年1年目/宴会調理)/三浦 惟登(みうら ゆいと)さん
千葉調理師専門学校出身。就職活動中は近隣の大手ホテルでもアルバイト・インターンを経験。
■実際に働いてみて、印象に残っている経験は何ですか?
颯真さん:配属3日目で「肉、焼いてみようか」「ソース、かけてみる?」と声をかけていただいたときは、本当に驚きました。一般的なレストランでは、最初の1年は皮むきや切り物が中心と聞いていたので。早い段階から火入れを任せてもらえたからこそ、「余熱でお客様の元に届くまでにどこまで火が入るか」といった先のことまで考えられるようになりました。入社6年目の今では、当ホテルの全セクションをひと通り経験させてもらっています。
惟登さん:内定後の7月からアルバイトでお世話になっていたのですが、その時点でライブキッチンに立ち、お客様の前でステーキを焼かせていただきました。就活中、近隣の大手ホテルでもインターンを経験しましたが、そちらは3〜4時間ずっと玉ねぎの下処理が中心でした。当ホテルでは、9階のフレンチ「サンセット」へ見学のつもりで伺った日に「前菜の盛り付け、やってみるか」と任せてもらえたんです。1年目でこのレベルの仕事に触れられるんだ、と驚きました。
■お二人の目から見て、料理長や先輩の姿はどう映っていますか?
颯真さん:経験を積んだシェフほど現場から離れる、と聞きます。ただ稲葉総料理長は、重い鍋を振ったり、肉を焼いたり、洗い物まで率先してやってくださる。失敗しても怒鳴られることはなく、「なぜこうなったか一緒に考えよう」と言ってくださいます。背中で教わっている感覚で、自分も将来、立場が上がっても現場で腕を振る料理人でありたい、と思わせてくれる方です。
惟登さん:配属の前に、稲葉総料理長から「これから先、苦しいことや大変なこともある。ただ、いざ厳しい場面に直面しても、調理師を選ばなければよかった、と後悔してほしくない。乗り越えた先にしか味わえない達成感ややりがいがあるから、それを大事にしてほしい」とお話をいただきました。私は元々気が弱くて、せっかくのチャンスを人に譲ってしまうタイプでしたが、今はその言葉を胸に、機会をいただいたら全力で挑むようにしています。
■「ワンチーム」の現場を、お二人が実感する場面はありますか?
颯真さん:上から指示されるからではなく、自分たちで状況を見て「今日こっちが落ち着いているからレストランに声をかけてみよう」と動けるようになる。それが、うちのチームのいいところです。忙しい部署を自然と助けに行く空気が日常になっていて、安心して目の前の料理に集中できる環境です。
惟登さん:私が日々実感しているのは、サービススタッフとの連携です。料理の盛り付けが終わる絶妙なタイミングで取りに来てくださり、「次の○○様、アレルギーをお持ちです」といった情報もちゃんとリマインドしてくれる。温かい料理を温かいうちにお出しできるのも、安全にお召し上がりいただけるのも、この連携があるからこそです。
■最後に、学生のみなさんへメッセージをお願いします!
稲葉さん:何にでも挑戦してみてください。焦らず、諦めず。立ち止まっても、振り返っても、後ずさりしてもいい。ただ、下だけは向かないでください。前さえ向いていれば、必ず光が見えてきます。当ホテルは、1人前のフルコース料理から1,000人前の朝食まで、料理人として幅広く学べる環境です。学生のうちはしっかり学び、しっかり遊んで、現場に入ったら一生懸命に。みなさんと一緒に厨房に立てる日を楽しみにしています。
颯真さん:学校の授業を大切にしつつ、同じくらい「いっぱい遊んでほしい」と思います。学生時代に遊んだ思い出や食べ歩きの発見が、ふとした時に助けてくれるきっかけになることもあります。学生だからこそできることが必ずあるので、勿体ぶらずに何でもやってみてください。
惟登さん:気になるホテルやレストランがあれば、ぜひ足を運んでみてください。そこでしか得られない発見や刺激が、自分の将来像を描くきっかけになります。実習でも「この技術を身につける」「誰よりも丁寧に行う」といった小さな目標を毎回持って取り組んでみてください。積み重ねが着実な成長につながるはずです。
